今回、上野陽介伝(スケッチブック)の展示は避けた。
にもかかわらず、結構多くのお客さんはそれを目にしたし、
たくさんの賛辞もいただいた。
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これはもう「レストランのメニューにない料理」だと思っていただきたい。
展示しないけど、一言「アレある?」って言っていただければ観れるものだと。
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なんでそんな回りくどいことをするかと言えば、
このノート、かなり損傷が激しい状態なのだ。
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ここでは「上野陽介伝」のバックボーン、誕生秘話を勝手に少しする。
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そもそも始まりは僕が二十歳の頃、
アメリカで食費などを切り詰めて生活していた頃にさかのぼる。
とにかく当時は家賃と画材以外にはお金を使わず、飯もほとんど食っていなかった。
いわゆる僕の断食時代。
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で、この頃も画材屋には毎日(比喩なしで毎日)通っていた。
あそこは僕のテーマパークみたいなもので、
いろんな素材を見てるだけでアイデアがどんどん降りてくる。
「この筆いいなあ、欲しいけど少し高いなあ」なんて眺めるだけで幸せ気分。
そうやって時間を潰してアイデアがパンパンになったところで帰って絵を描く。
いつも腹はすいてたけど、描くエネルギーだけは不思議となくなったことはなかった。
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そんな中、一年くらい前からあるノートが気になっていた。
ページ数もあり、ペンで描いても裏に透けないくらい厚手の紙のノート。
それを毎日手にとって眺めては棚に戻し、また手に取っては棚に戻す。
バカだからそれを一年間くらい繰り返してたわけ。
と言うのもそのノート、8ドル(当時 日本円でだいたい850円)くらいするノートで、
飯もろくに食っていなかった僕には高すぎる買い物。
「8ドルか、サンドイッチがいくつ買えるかな」
「俺はこれを有効に使い切ることができるかな」
なんて考えてたら一年が過ぎた。
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あるいつもの徹夜明け、僕はなぜか「もういい、アレ買おう」となんとなく思った。
腹は空いていたが関係ない。
ぶっちゃけた話、金はあった。
ただ、あえて自分を追い詰めていただけで、ノートくらいはいつでも買えたのだ。
ただ親の仕送りだったからそれが後ろめたく、必要最低限以下の生活を送ることにしていた。
なんと言っても生活モットーが「寝ない、食べない、休まない」だ。
ただひたすら「学び、描く」。もうそれだけ。
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で、その朝、なぜかすんなり買おうと思った。
朝早かったので店は開いてなかった。
開店時間が待ち遠しく、時間を忘れるため店の前で小さなノートに絵を描いた覚えがある。
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そしてシャッターが上がると、もう躊躇しないように値札を見ないであのノートをレジへ持っていった。
その時 思った。
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俺はこれを一生大切にするぞ。
誰が見ても8ドル以上の価値あるものにするぞ。
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自分の部屋に戻ると、やっと自分のものになったそのノートに石膏を塗り付けた。
その上からコーヒーをこぼし、染めた。
表紙に書いた。
『上野陽介伝』
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これがはじまりだ。
僕はこのノートをいつも持ち歩き、いろんな場所で絵を描いた。
ズボンにはいつも太さの違うペンが7本ささっており、
カバンには念願の8ドルノート。
しかしやっと買ったノートだからと言って、気負うことなく使おうと思った。
これは大事なことだ。
本当に使い切ろうと思えば気負ってられない。
だからイキナリ表紙にコーヒーをぶちまけてやった。
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これで主導権は俺のものだ(ノート相手に)。
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僕は昔からノート作りが好きだ。
博物が好きという理由もあるが、自分で宝物のノートを所持するのは気持ちが嬉しくなる。
10代の頃『書物の王様』とも呼べるナポレオンの『エジプト誌』(1802年)に憧れた時期があった。
書物の持つ魅力は内容だけじゃなく存在感を含めた外観にもある。
僕にはそういう書物に対する憧れもあるもんで
世界に一冊の宝物の書物を作っている楽しさがある。
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何でもそうなんだけど、このノートの存在感も実際手に取ってはじめてわかる。
ノートの規格は21.5cm×28.5cm。
重量は普通のノートの3、4倍はあり、ずっしりと重い。
理由はページを継ぎ足したり、絵の具を塗りこんでいたりしているからであり
(なんと厚みは3cmもある!)、
それがこのノートを他のものと違った特別なモノにしている要素だ。
この『上野陽介伝』は、これ自体がもう作品だと言える。
僕としては未完成のラフスケッチ群や、調べ上げた資料を人に見せるなんて
『自分の頭の中を見せるようなものでじつに生々しいな』と今回ちらっと思った。
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今後、全何巻になるかわからないが、僕が死ぬまで続くライフワークの一つとなるこの『上野陽介伝』。
もし興味があり実物を見たい人は個展会場で僕に
「アレある?」と聞いてくれれば こっそり公開します。
いろんなページがあるが、とても膨大すぎてここでは紹介しきれない。
中には絵本の物語やコラージュなどもある。
今年で描き始めて6年目になるが、残りのページもわずかになってきた。
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あの時、迷ったあげく買った8ドルノートは、9ドルくらいの価値になっただろうか。
2003/2/2
*現在、上野陽介伝の公開はしていません
2004 4/10